私が子供の頃は(相当昔の話です)、
母親が作ってくれる料理は
その時期にある食材を使ったものだけで、
今のように1年を通して購入できる農産物など
なかったように記憶しています。
しかしそのおかげで、みそ汁の具は季節によって変わり、
もちろん主菜・副菜も同様であり、季節の移り変わりを
食べ物によって感じる生活が当たり前でした。
少なからず旬の食材に対するアンテナは、
その当時の方が格段に勝っていたように思います。
今でも自然栽培やオーガニック系の
ファーマーズマーケットに行けば明らかではありますが、
農産物には当然時期があります。
よって、常にどんな種類の農作物でも
並んでいるなんてことはありません。
つまり「食べたい食材を買う」のではなく、
「買える食材をおいしく食べる」ということが
本来の人間の食生活であることに気が付かされます。
これは一般論、いや推論に過ぎませんが、
目の前にある食材をどれだけ美味しく料理できるか
というアイデアや創意工夫は、
自然の恵みと共に歩んでいた時代の(主に)母親達の方が
現代の料理担当者より優れていたのかもしれません。
■ 食に対する意識の世界的変化
Farm to Table(農場から直接食卓へ)
といわれる地産地消を求めるムーブメントが、
だいぶ前から続いていることはご存じの通りです。
これを実践するために地方へ越される人たちも多く、
地元の食材だけを使って料理を提供するレストランも
近年ますます増えていることも事実です。
また、地産地消にはなりませんが、
自然栽培の野菜を宅配で購入する人々、
栽培者と直接契約をする消費者も増加の一途を辿っています。
この流れだけを見ると、
とても素晴らしい傾向のように思われますが、
果たしてこれで完璧といえるのでしょうか?
確かに地産地消により膨大なフードマイルが消滅し、
自然栽培により表土の劣化を抑え、
生産者のバックアップにつながり
新規就農者を増やす一因にはなっているのは確かです。
しかし本当にここにサステナビリティがあるのかどうか?
結局は消費者の欲を満たすために、
ただただ自然資源を搾取し続けているのではないのだろうか?
このような疑問をいだいた一人の料理人、
ダン・バーバー氏は自身の著作「The Third Plate」や
インタビューの中でとても影響力のある発信をしています。
■ 結局は人間による自然の「つまみ食い」でしかない
このコラムを読まれている方々は既にご存知かと思いますが、
バーバー氏はニューヨーク州で「ブルーヒル」、
「ブルーヒル・ストーンバーンズ」を経営する、
アリス・ウォータースの「シェ・パニース」
(※日本ではNHKで「アリスの美味しい革命」
という人気番組が放映されていた)
で修業を積んだ料理人です。
バーバー氏の主張はこうです。
『台地には生態系がありその循環を維持し続けることが最も重要であるため、その土地で何を栽培するかを決めるのは、本来は人間ではなく自然であるはずです。
もちろん自然と人間の共生により文明は営まれてきましたし、これからも当然、といよりは絶対にそうしなければならないのにかかわらず、いまだに料理人の好みや消費者の需要に応じて作物が作られている限りは、それがいかに“オーガニック”で地産地消であっても、結局は人間による自然の「つまみ食い」でしかないのです』
前々回のコラム「土について考えてみる 前編」でも述べてきた通り、
過去の文明のほとんどは、軍事的な要因ではなく
農業による環境破壊によって衰退・滅亡しています。
つまりバーバー氏に言わせれば、
現在の潮流としてのFarm to Tableでは
結局のところ環境破壊を免れないというわけです。
そのため彼の経営するレストランでは、
単一作物を大規模・大量栽培するような農場の作物を使わないため、
当然同じメニューが常時あることはありえず、
場合によっては翌年の同じ時期に
今年と同じメニューが提供されるとも限らないというわけです。
まさにコラム冒頭に書いた通り、
一昔前の我々が体験してきた本来あるべき食生活を、
ここでは新しい価値として提供しているのです。
しかし、大きな違いが少なくとも一つあります。
“彼は超一流の料理人なのです”
■ 「食べる」ことで生態系を豊かにする?
ところで、食の持続可能性を追求する一つの方向性は、
生態系への負荷を減らすことで、
食料生産と自然資源のトレードオフを解消すること
であるのは間違いないように思います。
しかし、だからといって、
現在流行っている培養肉や野菜工場のイノベーションが
環境破壊を食い止めることにつながるかどうかは
未知数なのではないでしょうか。
理由は、結局のところこれらのイノベーションも
人類の胃袋と欲望を満たすための手段に過ぎず、
これらが生態系の維持に直接影響するとは
少なくとも思えないからです。
さて、“「食べる」ことで生態系を豊かにする”
と聞いて何かピンとくることはあるでしょうか?
もう少し噛み砕くと、人間が介入することで
生物の多様性と食料生産の両立を実現すること、
と言うことができます。
実は先述のダン・バーバー氏も
この方法を自身のレストランで実践しており、
Farm to Tableに足りなかったものを
答えに導く発想方法なのです。
大枠を説明すると、
人間はこの地球で自然資源を破壊する存在から、生態系を拡張するキープレイヤーとして、これまでの単なる自然保全ではなく、人間が介在することで自然状態を超えて目的に応じた全体最適化がなされる“拡張生態系”を目指そう
ということです。
しかし、これでは分かったような、、、
分からいような、、、感じだと思いますので、
次回の「後編」でこの“拡張生態系”についてと、
農業と食生活のあり方に関する世界的潮流について
ご説明できればと思います。
(「農場全体を食べることが大切です(前編)」終了、(後編)へ続く)
私が子供の頃は(相当昔の話です)、母親が作ってくれる料理はその時期にある食材を使ったものだけで、今のように1年を通して購入できる農産物などなかったように記憶しています。しかしそのおかげで、みそ汁の具は季節によって変わり、もちろん主菜・副菜も同様であり、季節の移り変わりを食べ物によって感じる生活が当たり前でした。少なからず旬の食材に対するアンテナは、その当時の方が格段に勝っていたように思います。
今でも自然栽培やオーガニック系のファーマーズマーケットに行けば明らかではありますが、農産物には当然時期があります。よって、常にどんな種類の農作物でも並んでいるなんてことはありません。つまり「食べたい食材を買う」のではなく、「買える食材をおいしく食べる」ということが本来の人間の食生活であることに気が付かされます。
これは一般論、いや推論に過ぎませんが、目の前にある食材をどれだけ美味しく料理できるかというアイデアや創意工夫は、自然の恵みと共に歩んでいた時代の(主に)母親達の方が、現代の料理担当者より優れていたのかもしれません。
■ 食に対する意識の世界的変化
Farm to Table(農場から直接食卓へ)といわれる地産地消を求めるムーブメントが、だいぶ前から続いていることはご存じの通りです。これを実践するために地方へ越される人たちも多く、地元の食材だけを使って料理を提供するレストランも近年ますます増えていることも事実です。また、地産地消にはなりませんが、自然栽培の野菜を宅配で購入する人々、栽培者と直接契約をする消費者も増加の一途を辿っています。
この流れだけを見ると、とても素晴らしい傾向のように思われますが、果たしてこれで完璧といえるのでしょうか?
確かに地産地消により膨大なフードマイルが消滅し、自然栽培により表土の劣化を抑え、生産者のバックアップにつながり新規就農者を増やす一因にはなっているのは確かです。
しかし本当にここにサステナビリティがあるのかどうか?
結局は消費者の欲を満たすために、ただただ自然資源を搾取し続けているのではないのだろうか?
このような疑問をいだいた一人の料理人、ダン・バーバー氏は自身の著作「The Third Plate」やインタビューの中でとても影響力のある発信をしています。
■ 結局は人間による自然の「つまみ食い」でしかない
このコラムを読まれている方々は既にご存知かと思いますが、バーバー氏はニューヨーク州で「ブルーヒル」、「ブルーヒル・ストーンバーンズ」を経営する、アリス・ウォータースの「シェ・パニース」(※日本ではNHKで「アリスの美味しい革命」という人気番組が放映されていた)で修業を積んだ料理人です。
バーバー氏の主張はこうです。
『台地には生態系がありその循環を維持し続けることが最も重要であるため、その土地で何を栽培するかを決めるのは、本来は人間ではなく自然であるはずです。もちろん自然と人間の共生により文明は営まれてきましたし、これからも当然、といよりは絶対にそうしなければならないのにかかわらず、いまだに料理人の好みや消費者の需要に応じて作物が作られている限りは、それがいかに“オーガニック”で地産地消であっても、結局は人間による自然の「つまみ食い」でしかないのです』
前々回のコラム「土について考えてみる 前編」でも述べてきた通り、過去の文明のほとんどは、軍事的な要因ではなく農業による環境破壊によって衰退・滅亡しています。
つまりバーバー氏に言わせれば、現在の潮流としてのFarm to Tableでは結局のところ環境破壊を免れないというわけです。
そのため彼の経営するレストランでは、単一作物を大規模・大量栽培するような農場の作物を使わないため、当然同じメニューが常時あることはありえず、場合によっては翌年の同じ時期に今年と同じメニューが提供されるとも限らないというわけです。
まさにコラム冒頭に書いた通り、一昔前の我々が体験してきた本来あるべき食生活を、ここでは新しい価値として提供しているのです。しかし、大きな違いが少なくとも一つあります。
“彼は超一流の料理人なのです”
■ 「食べる」ことで生態系を豊かにする?
ところで、食の持続可能性を追求する一つの方向性は、生態系への負荷を減らすことで、食料生産と自然資源のトレードオフを解消することであるのは間違いないように思います。
しかし、だからといって、現在流行っている培養肉や野菜工場のイノベーションが環境破壊を食い止めることにつながるかどうかは未知数なのではないでしょうか。理由は、結局のところこれらのイノベーションも人類の胃袋と欲望を満たすための手段に過ぎず、これらが生態系の維持に直接影響するとは少なくとも思えないからです。
さて、“「食べる」ことで生態系を豊かにする”と聞いて何かピンとくることはあるでしょうか?
もう少し噛み砕くと、人間が介入することで生物の多様性と食料生産の両立を実現すること、と言うことができます。
実は先述のダン・バーバー氏もこの方法を自身のレストランで実践しており、Farm to Tableに足りなかったものを答えに導く発想方法なのです。
大枠を説明すると、
人間はこの地球で自然資源を破壊する存在から、生態系を拡張するキープレイヤーとして、これまでの単なる自然保全ではなく、人間が介在することで自然状態を超えて目的に応じた全体最適化がなされる“拡張生態系”を目指そう
ということです。
しかし、これでは分かったような、、、分からいような、、、感じだと思いますので、次回の「後編」でこの“拡張生態系”についてと、農業と食生活のあり方に関する世界的潮流についてご説明できればと思います。
(「農場全体を食べることが大切です(前編)」終了、(後編)へ続く)
参照資料
プレジデント社刊「WIRED VOL.40 “FOOD”」
ダン・バーバー著「The Third Plate」