皆さんこんにちは。
翔栄ファーム・前橋農場のKです。
皆さんは“大浦太牛蒡(おおうらふとごぼう)”をご存じでしょうか?
通常八百屋さんなどで販売されている普通の細長い牛蒡と違い、一見すると木の根っこ?と間違う程太く、ごつごつとした形がユニークな牛蒡です。見た目のいかつさとは裏腹に、加熱すると非常に柔らかくなり、風味豊かで非常においしいという特徴を持っています。
今回は、翔栄ファーム・前橋農場で育てている大浦太牛蒡について書かせていただきます。
■ その起源は平安時代?の"勝ちごぼう"
大浦太牛蒡は、千葉県匝瑳市(そうさし)大浦地区で育てられてきた固定種の野菜です。
その由来は古く、平安時代中期、平将門の乱まで遡ります。
関東で起きた平将門の乱を鎮静するため、藤原秀郷が遣わされました。
その際、藤原秀郷は成田山新勝寺に訪れ、必勝祈願を行います。
この時、成田山で振舞われたのが、この大浦地区で育てられた牛蒡だったとされるのです。
必勝祈願の後、藤原秀郷は見事、戦に勝利し、平将門を打ち取ります。
戦に勝利したことから、この牛蒡は“勝ちごぼう”と呼ばれたのです。
その後もこの牛蒡は、大浦地区から成田山に毎年奉納されており、今でも参拝者に振舞われる精進料理の材料として使われています。
これが、大浦太牛蒡の由来です。
なお、成田山に奉納された特別な牛蒡だけが「大浦牛蒡」と呼ばれ、それ以外にごくわずか流通しているものは「大浦太牛蒡」と呼ばれています。
■ 1年目の大浦太牛蒡
私たち翔栄ファームでは、昨年の夏から、群馬県前橋市にある翔栄ファーム・前橋農場で、この大浦太牛蒡の育成を始めました。
実は、大浦太牛蒡の初年度は、大きな事件がありました。
前橋農場には、いくつかの畑が点在しているのですが、大浦太牛蒡を植えたのは、赤城山麓の自然が豊かな畑です。
その畑の近くで、昨年の夏、ツキノワグマが出没。
草刈りを行っていた人が襲われ怪我をするという事件が起こったのです。
このため、しばらく赤城山麓の畑で農作業することが出来なくなっていまいました。
翔栄ファームの農業では、農薬を使いません。
その為、定期的に除草作業を行わないと、畑が雑草に覆われ、作物の生育が妨げられてしまいます。
赤城山麓の畑では、大浦太牛蒡だけでなく、ネギや大豆などの他の野菜も育てていたのですが、それらはみるみる間に雑草に覆われていきました。
残念ながら、農作業ができない間に、この畑では、ほとんどの野菜が収穫できない状態になってしまったのです。
そのような環境の中、大浦太牛蒡たちは、大きな葉を力強く茂らせ、逆に雑草を抑えて立派に育ってくれたのです。
それまでせっかく畑を整備し、種をまき、その後の除草など手塩にかけて順調に育っていた野菜たちが次々に雑草に覆われ、弱って枯れていくさまを見るのは非常に辛い体験でした。
しかし、逆に同じ畑ですくすくと育ってくれる大浦太牛蒡たちは、この状況に沈みがちな私たちの気持ちを明るくしてくれました。
■ 大浦太牛蒡の収穫
ただでさえ深く根を張る牛蒡は普通の品種でも収穫は骨が折れます。
大浦太牛蒡の場合、太い直根だけでなく、脇根も生えています。
これらの根を折ってしまわないように収穫するためには、一本一本、重いスコップを使い手掘りで気を付けながら掘り出さなければなりません。
収穫は、秋の涼しくなりつつある頃に始まるとは言え、日中は未だ日差しが強い時期です。
汗だくになりながらの掘り上げ作業になりますが、上手く掘り出せたときはとてもうれしくなります。
大浦太牛蒡は、非常に美味しい牛蒡なのに広く育てられない理由はこの収穫時にかかる手間も理由の一つになっているのかも知れません。
また、牛蒡は同じ場所で同じ作物を育て続けると、上手く育たなくなる連作障害が出やすい植物です。
一度作付けすると、5年間位は同じ場所で育てることは難しくなります。
このような性質もやはり作付けが少なくなる理由のようです。
翔栄ファームには、茨城県龍ヶ崎市と岐阜県美濃加茂市にも農場がありますが、上記の理由と風土との適性から、大浦太牛蒡は、群馬県前橋市の前橋農場だけで育てています。
■ 種採りは大変な作業
牛蒡は、6月頃にアザミのようなトゲトゲの「がく」を持ち、紫色の花びらを持つ花を咲かせます。
受粉が済むと、「がく」の中に細長い沢山の種が出来ます。
種が熟すと「がく」の部分が茶色に枯れ、裂け目が出来て自然に中の種がこぼれるようになります。
通常、牛蒡の種採りを行うには、1年半以上の歳月が必要です。
まず、収穫した牛蒡から種を採るための牛蒡を選抜します。
それぞれの品種の特性を最もよく備えているもので、病気などにもかかっておらず、太さや長さも十分なものを選び抜きます。
その上で、その牛蒡を畑に植え戻します。
やがて花が咲き、種が実り、蕾が茶色くなると種が収穫できます。
種を蒔いてから収穫までに約半年。
そこから種を採るまでに約1年。
牛蒡の種採りはなかなか大変です。
しかし、今年、翔栄ファーム・前橋農場が使った種はちょっと違います。
実は、昨年、ツキノワグマの影響もあり、育てた大浦太牛蒡の全てを収穫することができませんでした。
畑に残された大浦太牛蒡たちはそのまま年を越し、そして今年、見事に花を咲かせて、種を実らせたのです。
完全に自然の働きで生まれた大浦太牛蒡の種。
私たちは、その自然の恵みである種を収穫し、新しい畑にその種を蒔いたのです。
■ 種を採らない日本の農家
ところで、自分たちで育てた作物から種を採り、その種を使って次世代を育てることを”自家採種”と呼びます。
皆さんは、当たり前のことのように思われるかもしれませんが、今の日本の農業では、ごく少数派です。
実に商業作物の9割以上(限りなく100%に近いかもしれません)が、毎年、種を購入して育てられた作物です。
なぜ、多くの農家さんが自家採種をしないのか?
その理由は、現代日本の農業が利益を最優先に考えているためと言えます。
例えば、前述の通り、牛蒡の種をとるためには、1年以上の時間がかかります。
その間、牛蒡の種を育てている畑では、別の作物を育てることができません。
逆に、自分たちで種を採らず、毎回購入していれば、別の作物を効率的に育てることができます。
作物の収穫=農家の収益ですから、自分で種を採るよりも、購入した方が、効率よく利益を上げられる訳です。
農家さんの多くが自家採種をしなくなるのも当然と言えます。
■ 「F1種」が自家採種を妨げる?
また、多くの農家さんが自家採種をしない理由が、もう1つあります。
それが「F1種」です。
「F1種」というのは、異なる特性を持った品種を掛け合わせることで、優良な品種を作る技術を用いた種のことです。
食味の良い品種と、病害虫に強い品種を掛け合わせることで、食味が良く病害虫に強い品種が生まれる…(実際はそんなに単純な話ではありませんが…)そんなイメージでしょうか。
また、今の「F1種」は、世界的な種苗会社によってさまざまな改良が施されており、味や風味、成長具合、姿かたちがほぼ均質に育ちます。
日本の小売店やスーパーそして流通の現場では、常に同じ品質の野菜が求められます。
箱に詰めることを考えても、常に同じ形、同じ重さでそろっている方が便利です。
しかし、この「F1種」から種を採ると、性質がバラバラになってしまいます。
中には、食味が悪くて、病害虫に弱いものも生まれる訳です。
つまり、「F1種」は、そもそも種採りに向かない1代限りの品種なのです。
この「F1種」は、基本的に、それぞれの品種ごとに組み合わせて使う化学肥料と農薬が決まっており、農家さんは、「F1種」「化学肥料」「農薬」をワンセットで購入し、同じ規格の野菜を大量生産しています。
これを慣行農業と言いますが、こうすることで、日本のスーパーの店頭には、いつも、同じ品質・同じ規格の野菜が、安く大量に並ぶことなります。
消費者が安くて、見た目や味も同じ野菜を求め、流通会社がそれに答え、大量生産に向いた「F1種」が作られる。
その結果、農家さんは種を採ることを溜め、買い続けることになる…それが、日本の農業の現実です。
■ なぜ、翔栄ファームは自家採種100%を目指すのか?
私たち翔栄ファームでは、自分たちで種をつなぎ、次世代を育てる自家採種を行うことを目的の1つとしています。
同じ地域で重ねた作物は、その種に気候や風土で育った自身の記憶をつないでいきます。
その結果、その土地に合った性質を持つようになるそうです。
対して「F1種」の種は、毎年毎年、人工的に生産されるため、そのようなことはありません。
また、現在流通する「F1種」の種は、バイオテクノロジー技術を用いて、人為的に雄性不稔の親株を作り、望む特性を持たせた品種を開発していると推測されます。
(しかし、その実態はブラックボックスになっており、実際に、どのように生産されているかはわかりませんが…)
バイオ技術で人為的に生産される「F1種」は、人体にとって本当に安全なのか?
私たちは、「F1種」を使用することに危険を感じています。
それぞれの風土に合わせて次世代をつなぐ固定種や在来種。
利益や利便性を追求して人為的に生み出される「F1種」。
(もちろん、F1種全てが悪いといいませんが、世界的な種苗会社が生産するF1種には大いに危険性があると思われます)
私たちが自家採種100%を目指している理由の1つはここにあります。
(種の問題について詳しくはこちらの記事をお読みください ⇒ スーパーで購入するほとんどの野菜は「F1種」)
■ 最後に
今回は、私たちが育てている大浦太牛蒡と「種採り」について書かせていただきました。
翔栄ファームが目指しているのは、ただ単に美味しいだけでなく、遺伝的にも安心・安全と胸を張って言える野菜を育て皆様にお届けすることです。
その為にも、大変ですが、これからも種取りを続け、先祖代々継がれてきた野菜を絶やすことの無いよう、日々農作業を頑張りたいと思います。