「微生物」とは細菌や菌類といった、
目に見えない小さな生物のことです。
そして多種多様かつ膨大な数の微生物が
“土中”や“ヒトの体内外”に存在します。
近年では、腸内フローラ(腸内細菌叢)
という言葉がかなり浸透してきたため、
健康を考える上で、それらの微生物が
需要な役割を果たしているという認識を
多くの方が持たれているのではないでしょうか。
また、微生物がどうやら我々の健康だけではなく
農業、環境問題にも大きな影響を
持っているらしいということについても、
すでに多くの方がご存じのことではないかと思います。
今回の翔栄ファームコラムでは
「健康と微生物」と題して、
もう一歩微生物の世界に入り込もうと思っていますが、
執筆に際しては、プレジデント社刊
「WIRED VOL.40(マイクロオーガニズム共生基礎ガイド2021)」
を参考にしています。
■ マイクロバイオームとは?
最近マイクロバイオームという言葉を
目にすることが多くなりました。
マイクロバイオームとは土壌や人体など
特定の環境中にいる微生物集団の総体のことをいいます。
ヒトの共生微生物(ヒトと共に生きている微生物)の総数は
数百兆個といわれています。
体内だけではなく皮膚や口の中にいたるまで、
あらゆる箇所に微生物は棲息しています。
いや、まみれていると言ってもいいかもしれません。
そしてうち99.9%以上が腸内に棲んでいます。
恐らくこのあたりまでは一般常識の範囲でしょう。
しかし、ここからはいかがでしょうか?
我々ヒトの遺伝子数は約21,000個ですが、
微生物の遺伝子の総数は数百万個にも上ります。
実は私たちは自身ではできないことを、
微生物に補ってもらっているのです。
“共生”、つまり共に生きるとはまさにそういう意味です。
■ 土中の微生物の働き
土中での微生物の働きについておさらいします。
農業生産との関係においては、
土壌微生物たちは動物の死骸や排泄物、
洛陽落枝などを栄養として摂取・分解し、
農作物にとって有効な炭素やリンを含む、
あらゆる「土壌有機物」を作り出します。
(リンそのものは無機物です)
また、その他の働きとして、
土中に二酸化炭素や水を溜め込んだり、
マメ科植物の根に共生する根粒菌などは、大気中の窒素を、
植物が利用可能な栄養形態であるアンモニアに変換します。
これらはほんの一部に過ぎませんが、
これが微生物の偉大な力であり本来自然が持っている力です。
しかし残念ながら現代文明は
このメカニズムを破壊し続けてきたのです。
■ 食生活と微生物
アランナ・コリン氏は自著
「あなたの体は9割が細菌」の中で、
1940年以降に肥満や糖尿病、
自己免疫疾患、喘息が急増した原因は
腸内細菌叢のバランス異常にあると主張しています。
主な原因として、
有益な微生物まで殺してしまう抗生物質の乱用や、
腸内細菌の餌となる食物繊維量の少ない
欧米型の食生活への変化を一例として挙げています。
抗生物質にいたっては、我々が服用していなくても
畜産・水産物が直接、または飼料に混ざっていたとすれば、
少なからずの影響を受けていることになるのです。
荒れた大地の再生が容易でないように、
一度乱れた腸内細菌叢のバランスを戻すことも、
そう簡単ではありません。
■ 腸内細菌叢と免疫
体内最大の免疫器官である腸に棲む微生物たちは、
あらゆる病原体に対して効果的な免疫反応を引き出します。
例えば高血圧や糖尿病、肥満などの基礎疾患は、
腸内細菌叢の組成の変化と関わりがあります。
健康な人の腸内細菌と比較してみると、
抗生物質を含む薬物治療の経験有無に関係なく、
腸内細菌叢に「差」が認められるのです。
■ 腸内マイクロバイオームと微生物
農場育ちの子供たちには喘息が少ないそうです。
理由は腸内マイクロバイオームと
環境微生物との相互作用にあります。
と言われても何のことだかよく分からないので、
具体的なお話をします。
農場(酪農含む)には、それ特有の細菌が棲息しています。
(この環境ごとの微生物を環境微生物といっています)
例えば酪酸を生成する細菌が、農場育ちの乳幼児
約700人の糞便サンプルから検出されましたが、
これらは食物摂取によるものではなく、
動物小屋などに存在する細菌と
関連することが明らかになっています。
そしてこれらの細菌が喘息の予防効果を有しています。
つまり腸内細菌叢の一部が
家畜などの共生微生物に接触することで
喘息からの保護につながり、
結果、特有の腸内マイクロバイオームを形成しているのです。
余談ですが、筆者は以前、
日本各地の醤油蔵や味噌蔵(見学用ではない)を訪れました。
もちろん事前連絡の上でということになりますが、
その際によく言われたことは、
「今日から来訪日まで納豆を食べないでください」
ということでした。
蔵の中は特有の環境微生物で満ちています。
それらが納豆菌と交わることを防ぐためです。
また、個人的な体験ではありますが、
私は醤油蔵を訪れたあと必ずかなり便通がよくなりました。
■ 個人差とは腸内細菌叢の違い?
「あなたにはこの薬が効くが私には効かない。
みんながこれを美味しく食べるが
私はこれを食べると気分が悪くなる」
このようなことは身近にいくらでもある事象です。
いわゆる個人差です。
そしてこの個人差の正体が腸内細菌叢の違いなのです。
食べ物で見てみると、
上部消化管で消化・吸収されずに残った未消化物は
腸内細菌によって別の物質に代謝され、
腸から体内に再吸収されますが、
腸内細菌叢のパターンは人によって違うため、
同じものを食べたとしても
それぞれの腸内で作られる物質は異なってくるのです。
換言すれば自分の腸内オートバイオームが分かっていれば
的確な食物摂取による健康の獲得、
維持増進への道が開かれるかもしれません。
■ リジェネラティブであること
最後になりますが、
地質学者のデイビット・モンゴメリー氏は
土壌を肥沃に保つことが文明を救いあなたの胃袋も腸も豊かにする
といっています。さらに氏いわく、
大切なことは微生物と世界の共生関係です。それは土の中での植物と微生物の関係、人体と微生物の関係にもいえることです。つまり微生物との共生から農業や食の全体像をリフレームすることが大きな課題なのです
とも。
そしてこの課題を解決するためのキーワードが
「リジェネラティブ」です。
それは人間が食べることを通じて
表土の再生につなげると考え、
積極的に自然に介入していくスタイルのことです。
※過去記事【農場全体を食べることが大切です(後編)】
具体的には、
その土地の生物多様性を尊重した栽培作物の選択や、
輪作により土壌の健全さを増していくような農法が、
まさにリジェネラティブということになります。
つまり、今や自然栽培やオーガニックというだけでは
土壌環境改善とはいいきれず、
リジェネラティブであるということが、
消費者が食材を購入する際の
判断基準になるのかもしれません。
「微生物」とは、細菌や菌類といった目に見えない小さな生物のことです。そして多種多様かつ膨大な数の微生物が “ 土中 ” や “ ヒトの体内外 ” に存在します。近年では、腸内フローラ(腸内細菌叢)という言葉がかなり浸透してきたため、健康を考える上で、それらの微生物が需要な役割を果たしているという認識を多くの方が持たれているのではないでしょうか。
また、微生物がどうやら我々の健康だけではなく農業、環境問題にも大きな影響をっているらしいということについても、すでに多くの方がご存じのことではないかと思います。
今回の翔栄ファームコラムでは「健康と微生物」と題して、もう一歩微生物の世界に入り込もうと思っていますが、執筆に際しては、プレジデント社刊「WIRED VOL.40(マイクロオーガニズム共生基礎ガイド2021)」を参考にしています。
■ マイクロバイオームとは?
最近マイクロバイオームという言葉を目にすることが多くなりました。マイクロバイオームとは土壌や人体など特定の環境中にいる微生物集団の総体のことをいいます。
ヒトの共生微生物(ヒトと共に生きている微生物)の総数は数百兆個といわれています。体内だけではなく皮膚や口の中にいたるまで、あらゆる箇所に微生物は棲息しています。いや、まみれていると言ってもいいかもしれません。そしてうち99.9%以上が腸内に棲んでいます。恐らくこのあたりまでは一般常識の範囲でしょう。
しかし、ここからはいかがでしょうか?
我々ヒトの遺伝子数は約21,000個ですが、微生物の遺伝子の総数は数百万個にも上ります。実は私たちは自身ではできないことを、微生物に補ってもらっているのです。
“共生”、つまり共に生きるとはまさにそういう意味です。
■ 土中の微生物の働き
土中での微生物の働きについておさらいします。農業生産との関係においては、土壌微生物たちは動物の死骸や排泄物、洛陽落枝などを栄養として摂取・分解し、農作物にとって有効な炭素やリンを含む、あらゆる「土壌有機物」を作り出します(リンそのものは無機物です)。
また、その他の働きとして、土中に二酸化炭素や水を溜め込んだり、マメ科植物の根に共生する根粒菌などは、大気中の窒素を、植物が利用可能な栄養形態であるアンモニアに変換します。これらはほんの一部に過ぎませんが、これが微生物の偉大な力であり本来自然が持っている力です。
しかし残念ながら現代文明はこのメカニズムを破壊し続けてきたのです。
■ 食生活と微生物
アランナ・コリン氏は自著「あなたの体は9割が細菌」の中で、1940年以降に肥満や糖尿病、自己免疫疾患、喘息が急増した原因は腸内細菌叢のバランス異常にあると主張しています。
主な原因として、有益な微生物まで殺してしまう抗生物質の乱用や、腸内細菌の餌となる食物繊維量の少ない欧米型の食生活への変化を一例として挙げています。抗生物質にいたっては、我々が服用していなくても畜産・水産物が直接、または飼料に混ざっていたとすれば、少なからずの影響を受けていることになるのです。荒れた大地の再生が容易でないように、一度乱れた腸内細菌叢のバランスを戻すことも、そう簡単ではありません。
■ 腸内細菌叢と免疫
体内最大の免疫器官である腸に棲む微生物たちは、あらゆる病原体に対して効果的な免疫反応を引き出します。例えば高血圧や糖尿病、肥満などの基礎疾患は、腸内細菌叢の組成の変化と関わりがあります。健康な人の腸内細菌と比較してみると、抗生物質を含む薬物治療の経験有無に関係なく、腸内細菌叢に「差」が認められるのです。
■ 腸内マイクロバイオームと微生物
農場育ちの子供たちには喘息が少ないそうです。理由は腸内マイクロバイオームと環境微生物との相互作用にあります。と言われても何のことだかよく分からないので、具体的なお話をします。
農場(酪農含む)には、それ特有の細菌が棲息しています(この環境ごとの微生物を環境微生物といっています)。例えば酪酸を生成する細菌が、農場育ちの乳幼児約700人の糞便サンプルから検出されましたが、これらは食物摂取によるものではなく、動物小屋などに存在する細菌と関連することが明らかになっています。そしてこれらの細菌が喘息の予防効果を有しています。つまり腸内細菌叢の一部が家畜などの共生微生物に接触することで喘息からの保護につながり、結果、特有の腸内マイクロバイオームを形成しているのです。
余談ですが、筆者は以前、日本各地の醤油蔵や味噌蔵(見学用ではない)を訪れました。もちろん事前連絡の上でということになりますが、その際によく言われたことは、「今日から来訪日まで納豆を食べないでください」ということでした。
蔵の中は特有の環境微生物で満ちています。それらが納豆菌と交わることを防ぐためです。また、個人的な体験ではありますが、私は醤油蔵を訪れたあと必ずかなり便通がよくなりました。
■ 個人差とは腸内細菌叢の違い?
「あなたにはこの薬が効くが私には効かない。みんながこれを美味しく食べるが私はこれを食べると気分が悪くなる」
このようなことは身近にいくらでもある事象です。いわゆる個人差です。
そしてこの個人差の正体が腸内細菌叢の違いなのです。食べ物で見てみると、上部消化管で消化・吸収されずに残った未消化物は腸内細菌によって別の物質に代謝され、腸から体内に再吸収されますが、腸内細菌叢のパターンは人によって違うため、同じものを食べたとしてもそれぞれの腸内で作られる物質は異なってくるのです。換言すれば自分の腸内オートバイオームが分かっていれば的確な食物摂取による健康の獲得、維持増進への道が開かれるかもしれません。
■ リジェネラティブであること
最後になりますが、地質学者のデイビット・モンゴメリー氏は
土壌を肥沃に保つことが文明を救いあなたの胃袋も腸も豊かにする
といっています。さらに氏いわく、
大切なことは微生物と世界の共生関係です。それは土の中での植物と微生物の関係、人体と微生物の関係にもいえることです。つまり微生物との共生から農業や食の全体像をリフレームすることが大きな課題なのです
とも。そしてこの課題を解決するためのキーワードが「リジェネラティブ」です。
それは人間が食べることを通じて表土の再生につなげると考え、積極的に自然に介入していくスタイルのことです。
※過去記事【農場全体を食べることが大切です(後編)】
具体的には、その土地の生物多様性を尊重した栽培作物の選択や、輪作により土壌の健全さを増していくような農法が、まさにリジェネラティブということになります。つまり、今や自然栽培やオーガニックというだけでは土壌環境改善とはいいきれず、リジェネラティブであるということが、消費者が食材を購入する際の判断基準になるのかもしれません。
参考:
プレジデント社刊「WIRED VOL.40(マイクロオーガニズム共生基礎ガイド2021)」