以前、「種苗法」についてお話したのですが
憶えていらっしゃるでしょうか?
(※「種苗法についての再考察」
https://syouei-farm.net/anzen/200324/)
その中で、似た名前の「種子法」
というのも昔ありましたとお書きしたところ、
何と嬉しいことにリクエストがありましたので
今日はこちらについてお話します。
主食を増産確保する目的で、戦後期につくられました
種子法は、正しくは
「主要農作物種子法」といいます。
昭和27年にできましたが、
平成30年に廃止されました。
「主要農作物の優良な種子の
生産及び普及を促進するため」に、
稲・麦・大豆の種子について決めたものです。
昭和27年といえば
サンフランシスコ平和条約が
発効した年でもあります。
つまり日本が主権を回復した年です。
高度経済成長期直前ですが、
まだ食料不足が残っている時代。
米穀通帳も現役でした。
これはお米を買うための
身分証明書みたいなものなのですが、
すごい戦中戦後感ある言葉ですよね。
とはいえこの米穀通帳制度自体は
その後も結構続いていったのです
……が、それは置いておきます。
まあこのような時代の法律ですから、
本格的な復興にあたって
国民の主食を確保していきましょう、
ということが骨格となっています。
他の野菜などは完全スルーで主食にのみ
フォーカスしているところがポイントです。
ちなみに当時は「農産種苗法」という旧法があり、
主食以外はこちらの管轄でした。
こちらが色々な経緯を経て
現行の種苗法になったようです。
具体的に種子法では、何を決めていたのでしょうか。
前出の稲、麦、大豆
といった主要農作物について、
都道府県が優良な品種を定めて審査を行い、
生産するための措置を規定すると定めていました。
それらの発芽状況や不良種子等の
混入をチェックし種子生産圃場を指定する、
ということが最初のほうに書いてあります。
その優良な品種の生産普及のための試験等を、
都道府県に義務として
担わせることになっていたのです。
農業関係者以外にもよく知られる
「奨励品種」という概念はこの法律の
上記要素によってできていたということです。
都道府県ごとの農政に特色が出るようになった
理由のひとつに繋がるのではないでしょうか。
そして後年は主食の増産確保そのものよりも、
こちらのブランディング機能のほうが
強くなっていったようです。
また原種及び原原種の生産も
同時に義務づけられていました。
これは開発された品種の特性を
各都道府県レベルで維持するための仕組みであり、
昔の稲などを保持するものではありません。
ちなみにたまに勘違いされるのですが、
種子の保存や開発は
この法律では特に定められてはいません。
国主導から地方と民間の時代に?
そんな種子法ですが元々の主食の確保
という目的はとっくに達成されており、
大体そうしたことを国が強制するのは
今時どうなのかという風潮により
最近廃止になりました。
それは2018年のことなのですが
急に廃止が決まったと当時からいわれていて、
これを批判する関係者も多かったようです。
そして2020年現在。
都道府県によっては独自の条例等を
制定したりする動きもあり、
混乱はまだ続いているともいえます。
とはいえ地方自治を強め、
生産者などの民間の力も生かしていくための
変化過程とみることもできそうです。
新しくつくられはじめた
各地での種子条例では元々の種子法とは異なり、
野菜類が含められることもある模様です。
たとえば長野県は、稲などの主食に加えて、
そば・信州の伝統野菜等を対象とした
「長野県主要農作物及び
伝統野菜等の種子に関する条例 」
を令和元年に制定しました。
支援体制を種子法廃止前より
拡大するような印象を受けます。
その延長線がどこにつながっていくのか
注視する必要ありそうです。
以前、「種苗法」についてお話したのですが憶えていらっしゃるでしょうか? (※「種苗法についての再考察」https://syouei-farm.net/anzen/200324/) その中で、似た名前の「種子法」というのも昔ありましたとお書きしたところ、何と嬉しいことにリクエストがありましたので今日はこちらについてお話します。
主食を増産確保する目的で、戦後期につくられました
種子法は、正しくは「主要農作物種子法」といいます。昭和27年にできましたが、平成30年に廃止されました。「主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため」に、稲・麦・大豆の種子について決めたものです。
昭和27年といえばサンフランシスコ平和条約が発効した年でもあります。つまり日本が主権を回復した年です。高度経済成長期直前ですが、まだ食料不足が残っている時代。米穀通帳も現役でした。これはお米を買うための身分証明書みたいなものなのですが、すごい戦中戦後感ある言葉ですよね。とはいえこの米穀通帳制度自体はその後も結構続いていったのです……が、それは置いておきます。
まあこのような時代の法律ですから、本格的な復興にあたって国民の主食を確保していきましょう、ということが骨格となっています。他の野菜などは完全スルーで主食にのみフォーカスしているところがポイントです。ちなみに当時は「農産種苗法」という旧法があり、主食以外はこちらの管轄でした。こちらが色々な経緯を経て現行の種苗法になったようです。
具体的に種子法では、何を決めていたのでしょうか。
前出の稲、麦、大豆といった主要農作物について、都道府県が優良な品種を定めて審査を行い、生産するための措置を規定すると定めていました。それらの発芽状況や不良種子等の混入をチェックし種子生産圃場を指定する、ということが最初のほうに書いてあります。その優良な品種の生産普及のための試験等を、都道府県に義務として担わせることになっていたのです。
農業関係者以外にもよく知られる「奨励品種」という概念はこの法律の上記要素によってできていたということです。都道府県ごとの農政に特色が出るようになった理由のひとつに繋がるのではないでしょうか。そして後年は主食の増産確保そのものよりも、こちらのブランディング機能のほうが強くなっていったようです。
また原種及び原原種の生産も同時に義務づけられていました。これは開発された品種の特性を各都道府県レベルで維持するための仕組みであり、昔の稲などを保持するものではありません。ちなみにたまに勘違いされるのですが、種子の保存や開発はこの法律では特に定められてはいません。
国主導から地方と民間の時代に?
そんな種子法ですが元々の主食の確保という目的はとっくに達成されており、大体そうしたことを国が強制するのは今時どうなのかという風潮により最近廃止になりました。それは2018年のことなのですが急に廃止が決まったと当時からいわれていて、これを批判する関係者も多かったようです。
そして2020年現在。都道府県によっては独自の条例等を制定したりする動きもあり、混乱はまだ続いているともいえます。とはいえ地方自治を強め、生産者などの民間の力も生かしていくための変化過程とみることもできそうです。
新しくつくられはじめた各地での種子条例では元々の種子法とは異なり、野菜類が含められることもある模様です。たとえば長野県は、稲などの主食に加えて、そば・信州の伝統野菜等を対象とした「長野県主要農作物及び伝統野菜等の種子に関する条例 」を令和元年に制定しました。支援体制を種子法廃止前より拡大するような印象を受けます。
その延長線がどこにつながっていくのか注視する必要ありそうです。