種(たね)、とっても小さい一粒ですが、その役割の偉大さには驚かされます。
今回は群馬県、現在の前橋市の消えゆく伝統野菜「上泉理想大根(かみいずみりそうだいこん)」のお話を交えて、「種の継承」と「慣行農法」についてのお話です。
上泉理想大根は昭和40年代以降、F1種の普及と国民の食生活の変化に伴い採種量・生産量が減少してしまい、ただひとり採種を続けていた方から地元の次の世代の方に受け継がれているとか・・・
■ 上泉理想大根とは?
上泉理想大根は、群馬県勢多郡桂萱村(せたぐんかいがやむら、現在の前橋市)の伝統野菜で練馬大根を桂萱村の風土に合わせて改良したものです。
桂萱村は赤城山の裾野と関東平野が接するところ、火山灰土の砂質の土壌に覆われ、水はけが良好、そのため大根の栽培に適している土地と言われています。
上泉理想大根の由来をちょっとお話すると、戦前に練馬に良い大根(練馬大根と呼ばれているもの)があると聞きつけた地の有志が種子を分譲してもらったことから始まりました。
黄葉、黒葉、あざみ葉、おかめ葉などの混合比率を変えることで練馬大根よりも優れたものが出来たことから生産量も増加し、農林大臣賞を受賞し続けた時期もありました。
上泉理想大根という品種は長さ68cmほど、首の太さ直径6cm~10cm、色白で皮が薄く、甘みが多く、肉が柔らかい、生食でもみずみずしく、煮物にしても味が染みやすく、煮崩れしにくいのが特徴です。
大根を外見の違いにより大きく分類すると白首系、青首系、丸系、長短系、赤首系などがありますが、上泉理想大根は白首系に値します。
■ 翔栄ファームがめざす固定種・在来種
現在では大量生産に向いたF1種の大根が普及しているため生産する農家も減り、地元の前橋でも上泉理想大根を販売用に生産している農家はゼロになってしまっているそうです。まさに幻の大根と言えるようです。
F1種とは(First Filial Generation)、異なる純粋な親同士をかけあわせて生まれた雑種第1代目のことです。
双方のいいところ(優性)の性質だけが現れ生育が早く、病気や虫に強いなどの特性を持ちます。が、その子供となる2代目が同じように優性の性質だけにはならないため種取りには不向きと言われています。
ちなみに「固定種」とは多くの株のなかからその品種らしい特徴を持つ「株を選び、種を取り、そしてまた栽培する」を繰りかえしている品種のことを言います。
その中で特定の地方だけで栽培され、継承されてきた伝統野菜のことを「在来種」と言います。種の継承とはその種を受け継いでいくことを言います。
翔栄ファームでは、群馬県前橋市、茨城県龍ヶ崎市、岐阜県美濃加茂市のそれぞれの農場でその地に根差し、その土地にあった野菜を育てていく農業を目指しています。
■ 地元の農家さんに種を譲ってもらい出会いました
翔栄ファームでは普段から地域の野菜を探していました。そんな活動の中で出会ったのが上泉理想大根です。運よく地元の農家さんとつながることができ、貴重な種を譲っていただくことができました。
地元の伝統野菜、固定種を絶滅させたくない、ちゃんと残していきたいという想いから前橋農場では昨年、固定種・在来種の上泉理想大根の育成に農薬も化学肥料も使わずに挑戦しました。
何よりも大変だったこと、芯くい虫の除去、株の素をピンセットで1つ1つ確認しながら取り除くという気が遠くなるような作業でした。さらには株の間引き作業、どれを残すか判断も難しく、また株数が多かったため時間がかなりかかってしまったこと、カブラハバチに葉を食べられないよう逐一駆除し続けたこと、など前橋の伝統野菜に挑戦することは難易度の高い作業ばかりでした。
が、その結果はというと、上泉理想大根の基準をクリアするのはなかなか難しかったというのが現実でした。
固定種・在来種の野菜が持つ「味が濃くて美味しい」という個性、長年各地方で農家が育て、種を取り、次世代へと受け継がれてきましたが、高齢化や後継者不足などで残念ながら次々と種の継承が途絶えてしまい、失われてしまい、固定種・在来種の野菜たちが消えてしまっています。
翔栄ファームは固定種・在来種の野菜を無農薬・化学肥料不使用の自然栽培にこだわり、野菜を育て種とりをし、その種を次世代につなげていくよう「自然循環型の農業」を行っています。
■ 慣行農業とは違う本物の野菜とは?
慣行農業で楽に、安く、大量に生産された野菜は美味しさを求めるどころか害にさえもなりかねません。
慣行農業とは農薬漬け、肥料漬けにはならないよう農薬や化学肥料を法律で認められた基準の範囲内で使いながら栽培する一般的な栽培方法のことを言います。
慣行という意味が「普段から習慣として行うこと、ならわし」を意味し、法律に則って定められた農薬と肥料を正しく使用する、多くの農家でそれが当たり前になってしまっています。
毎日見かけるスーパーに並んでいる野菜のほとんどが慣行栽培で育てられたものと言ってもいいかもしれません。
慣行栽培のメリットとして作物をより効率的に、安定した状態で、大量生産できること、周りも同様の栽培をしているので困ったときに協力しやすいので取り組みやすいというところです。
自然の食べ物こそ「天然の万能薬」と言われた昔なつかしの野菜、自然の味の野菜、自然の力がみなぎる野菜、人が健康であるための農業を翔栄ファームは追求していきたいと思います。
まだまだ始めたばかりですべてが試行錯誤を重ねながら1品種ごとに栽培に挑戦しているため膨大な手間や時間がかかっています。
収穫できた野菜もなんせ自然栽培のため不揃いで不格好な個性派揃い、収穫量もまだまだ安定しませんが持続可能な自然栽培での「美味しい!と感激する安心・安全な野菜」、その魅力は皮つきのまま丸ごと食べられる野菜、そんな自慢できる野菜をお届けするために種を取りまた、栽培する、自然栽培で野菜を育てていく農業を目指しています。
上泉理想大根の生産が減った原因の1つとして青首大根の存在が大きいと言われています。
現在スーパーに並ぶほとんどの大根が青首大根です。長くて折れやすくサイズもまばらになりやすい上泉理想大根よりも生産がしやすい、流通に乗せやすい、青首大根の流行にはさすがの伝統野菜もかなわないようです。
さらに青首大根はスが入りにくく、萎黄病などの病気にも強く、早太りのため育てやすく、甘味が非常に強く、肉質がしっかりしている、歯切れもよいところなど育てる農家も購入する消費者にも好まれる点が多いのもその理由と言えるでしょう。
■ たくあんづくりに挑戦!
上泉理想大根の何よりもおすすめの食べ方は干し大根にすること。大根の風味がしっかりと残り、たくあん漬けなどの漬けものにするとパリパリ食感で最上級の味わいになります。
翔栄ファームでも昨年は収穫した大根を手洗いで土を落とし、すだれ干しして前橋市上泉町、上州名物の空っ風で天日干しした「干し大根」を販売しました。
上泉理想大根はまさにたくあんにするために生まれたとか。このお話は次回「干し大根と貯蔵」についてのお話でご紹介します。お楽しみに!